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どうも、トム・イシカワです。
6月5日金曜日の夜、なぜか博多にいた。
博多駅から徒歩3分、JRJP博多ビル12階。LINEヤフーコミュニケーションズの会場には、約200人のクリエイター。そして、子鹿のように足をプルプル震わせている私。手には45mmの単焦点レンズをつけたカメラ。体にはiDIDの法被。一体どうなってやがる?
今回、iDIDさんからお声がけをいただき、会のレポートを担当させていただくことになった。九州の熱気と、会場の熱気を全身で浴びた一人として、この記事を書いている。
金曜の夜に、約200人のクリエイターが各地から集まった。冷静に考えると、なかなかにすごい。
とにかく熱気がすごい。空調のせいじゃない、と思いたい。とにかく広い会場ではあったが、やはり200人集まるとリアルに暑い。「この熱気をちゃんと持ち帰らないとな」と、汗をじんわりかきながら思った。
今年のテーマは「BEYOND PIXELS」。
最初にこの言葉を見たとき、私は「なるほど、業界や分野を超えていこうということなんだな」くらいに受け取っていた。
6つのセッションを聴き終えたあと、その言葉にはより大きな意味が込められていたことに気づいた。印刷、パッケージ、ブランディング、AI、言葉、編集。登壇者たちが語っていたのは、画面の中だけの話ではまったくなかったのだ。各セッションで語られた言葉と、会場で交わされたコミュニケーションの熱が、私の理解を少しずつ溶かし、その本当の意味を立ち上げていく。
BEYOND PIXELSとは、いったい何を意味しているのか。
iDIDと九州ADCが初めて共同開催した第6回九州交流会。しっかりとした場に、公式レポーターとして入っている。そりゃあ、多少はちゃんとしようとする。寄稿するわけだし、ちょっといい感じにまとめようかなぁと思っていた。
いや、実際いい感じのスーツを着た初稿は、案の定、iDIDの加藤さんに見透かされていた(笑)
ということで、この夜の熱がこぼれないよう、現地でカメラを持ってうろうろしていた普段着のトム・イシカワとして、当日の熱量ごと記録しておきたい。
Session 01|imprint/井上 龍貴(mazeru) × 高山 英一郎(高山活版社)
作る側から、伝える側へ。大分の印刷会社が仕掛けた新ブランド「imprint」。

左から:井上 龍貴さん(mazeru)、高山 英一郎さん(高山活版社)
大分から来たmazeru・井上さんと、高山活版社・高山さんのセッション。
正直、最初は「印刷会社の新ブランドの立ち上げ話」だと思って聞いていた。もちろんそれも間違いではない。ただ、聞いているうちに、これは単にブランドを立ち上げた話ではなく、「作る人たちが、自分たちの仕事をもう一度、自分たちの言葉で語り直す話」なのだとわかってきた。
こういう話に、私は弱い。
高山活版社は1910年創業、今年で116年目を迎える。活版印刷から始まり、現在もオフセット、オンデマンド、活版の3種類の印刷に対応する9人の会社だ。小回りが利き、技術も歴史もある。しかし、デジタル化の波の中で「決まったものを刷って納品する」という仕事は、確実に減ってきていた。
2021年、井上さんが関わり始める。補助金申請を一緒に進めることから始まり、会社のステートメントを作り直し、使われていなかった会議室をセルフビルドで改装した。床を剥がし、天井と壁を汗だくになりながら塗っていく。
それでも、まだ課題は残っていた。クリエイターとの接点がなかったのだ。
「どこにそういう人がいるんだろう」という状態から、展示イベントを開いて人を呼び、つながりを少しずつ作っていく。結局、人に会いに行くしかない。その積み重ねの先に生まれたのが、新ブランド「imprint」だ。
これまでの構造はシンプルだった。デザイナーから発注が来て、刷って、納品する。高山活版社は、ずっと後ろ側にいた。エンドユーザーとの距離が遠く、自分たちの仕事がどのように使われているのかが見えにくかった。
imprintが目指すのは、その構造を変えることだった。デザイナーと共に商品を作り、店舗を通じてエンドユーザーへ直接届ける。印刷会社が能動的に動いていく。発注を待つだけではなく、自ら作り、届けられる状態を作る。
井上さんは、それを「淡いビジネスモデル」と表現していた。この「淡い」という言葉がよかった。ビジネスモデルなのに、強く押し切らない。大きく構えすぎない。でも、続いていく余白がある。単発の事業ではなく、連綿と続く文化へ育っていく可能性を感じさせる言葉だった。
imprintという名前にも仕掛けがある。英語のimprintには、「押し付けてできた印」「痕跡」「印象」といった意味がある。116年間、印刷を続けてきた高山一族の足跡そのものがimprintであり、色が1色ずつ重なっていくオフセット印刷の工程もまたimprintだ。今の自分たちは、その積み重ねの表層にいる一枚にすぎない。そこにも、imprintという言葉が重なる。
さらに、imprintには「I am」が入っている。デザイナーも、印刷会社も、ユーザーも、この取り組みを通じて「自分のものとして印刷を語れるようになってほしい」。そんな願いが込められている。
名前の説明が、すごくよかった。ちょっと出来すぎているように思う。でも、嫌味じゃない。ちゃんと116年の歴史と、今まさに手を動かしている人たちの実感に根ざしているからだ。分断ではなく、それぞれが当事者として関わっていくというスタンスが、名前そのものに込められていた。
会場ブースで現物を前に、高山さんから聞いた言葉も印象に残っている。
「色を練り上げる」
ただデジタルで出力されるのではなく、人が意思を持って色に関わっている。その言葉を聞いた瞬間、印刷はただの出力ではなく、身体なんだと思った。手で触れて、目で見て、重ねて、確かめるもの。
たった一言で、imprintというブランドが、手の届くものとして自分ごとに近づいた。
技術や歴史はある。それでも、社会や人に届ききっていない価値は、クリエイティブ業界にも多くあるはずだ。そこにデザインとブランディングが入ることで、眠っていたものが動き出す。
このセッションが示していたのは、その可能性だった。
この時点で、BEYOND PIXELSは単に「業界を超える」という意味だけではないのかもしれない、と思い始めていた。画面の外に出て、場所に触れ、人に会い、積み重なってきた時間をもう一度手渡していくこと。その感覚が、最初のセッションからすでに立ち上がっていた。

高山活版社
https://takayama-printinghouse.jp/
井上 龍貴さん(mazeru)
https://www.instagram.com/ryuki__inoue/
Session 02|そとがわとなかみ/羽山 潤一(DEJIMAGRAPH) × 岩崎 裕子(岩㟢紙器)
箱の外側と中身を、もう一度つなぎ直す。長崎・岩㟢紙器の新しい挑戦。

左から:岩崎 裕子さん(岩㟢紙器)、羽山 潤一さん(DEJIMAGRAPH)
長崎・波佐見町から来た岩㟢紙器・岩崎さんと、DEJIMAGRAPH・羽山さんのセッション。
最初は、箱の話だと思っていた。もちろん箱の話ではある。ただ、聞いているうちに、これは「箱をどう作るか」だけではなく、「箱がどこへ行き、誰の手に渡り、何と一緒に記憶されるのか」という話なのだとわかってきた。
箱 is 記憶。
岩㟢紙器は、創業70年のパッケージ専門メーカーだ。もともとは波佐見焼を入れる箱だけを作っていたが、陶器の生産量が落ち始めた15年前から、アパレル、ジュエリー、お菓子など多様な業種に対応し、現在は全国に箱を発送している。
得意とするのは「貼り箱」。厚い芯材に化粧紙を貼っていく製法で、四角以外のさまざまな形を作ることができる。手作業が多く、精度も高い。説明を聞いているだけでも、紙の端や角に神経が宿っているような仕事だと思った。
ただ、BtoBで事業を続けてきた同社には、見えにくかったものがあった。
「箱を作ったら出荷して終わり。中身と一緒にどう使われているか、わからなかった」
岩崎さんのこの言葉が、このセッションの核心だった。
作っている。けれど、使われているところまでは見えていない。自分たちの手を離れた箱が、どんな商品と出会い、どんな人に手渡され、どんな表情で開けられているのかが見えない。ものづくりの会社にとって、それはきっと、ずっと引っかかっていたことなのだと思う。
2025年9月、波佐見町にオープンした複合施設「そとがわとなかみ」は、その問いへの答えだ。ショップ、ボックスラボ、ギャラリー、ナカミカフェ、ボックスミュージアムで構成され、一般の人が箱と紙に触れられる場所として設計されている。
特に面白いのが、ショップのコンセプトだ。岩㟢紙器が作った箱に、地域の商品を入れた状態で販売している。岩崎さんは、箱が地元に「里帰り」するイメージだと語った。
箱って、帰るんだな。
その表現が妙にしっくりきたのだ。これまで全国へ発送されていた箱が、地域の商品を中に入れ、もう一度地元の人や訪れた人の手に渡っていく。これまでの商流に頼るだけではなく、自らの価値を再定義し、一歩を踏み出している。
グラフィックデザインを担当したDEJIMAGRAPH・羽山さんは、岩㟢紙器との付き合いが長い。コーポレートロゴから関わり、15年前に制作した「岩㟢紙器フォント」を、この施設にもそのまま活用している。ブランドのトーンを一致させるための、15年越しの積み重ねだ。
ちなみにiDIDでは、DEJIMAGRAPHの羽山さんと村川さんに、長崎でのクリエイティブや「経営にコミットするブランディング」について聞いた記事も公開されている。これを読むと、今回の話が単発の施設デザインではなく、企業や地域の未来にどう関わっていくかという、DEJIMAGRAPHらしい仕事の延長線上にあることが見えてくる。あわせて読むと、かなり解像度が上がるはずだ。
関連記事:クリエイティブで”経営”にコミットする。 | DEJIMAGRAPH Inc.[GOTO-CHI CREATIVE!長崎編]
「そとがわとなかみ」というネーミングは、外側=箱そのもの、中身=岩㟢紙器のマインドという二重構造になっている。ロゴは箱の展開図をモチーフに、「そとがわ」と「なかみ」が交差するデザインだ。一目で感覚的に受け取れる造形を目指したという。
このネーミングも、かなり好きだった。箱の外側と中身。商品と包装。作り手と使い手。見えているものと、見えていなかったもの。いろいろな境界線が、この言葉の中でそっと折り重なっている。
施設のサインを設計する際には、原寸でダンボールのモックアップを作り、建設中の現場に持ち込んで大きさを確認したというエピソードも印象的だった。
「パソコンで見るのと、実際にそこにあるのは全然違う」
羽山さんのこの言葉は、まさにBEYOND PIXELSを体現するような制作プロセスを示していた。
そりゃそうだ、と頭ではわかる。でも、実際に原寸で作って、現場に持っていく人がどれだけいるだろう。画面の中で成立しているように見えても、空間に置いた瞬間に印象は変わる。高さ、厚み、距離、影、人の動き。そこに行かないと、そこに置かないとわからないことがある。完成してみるとサインは空間になじんでいたというが、それも現場に足を運んだからこそ得られた感覚だろう。
作ったものに価値が重なり、消費者の手に渡っていく。歴史ある技術と今とを、クリエイティブが編み直している。
Session 01のimprintが「印刷会社が届け先に向かって動き出す話」だとすれば、この「そとがわとなかみ」は、箱が中身ともう一度出会い直す話だった。
作るだけで終わらない。届けた先を見に行く。そこから、次の関係性が生まれていく。
この夜のテーマが、少しずつ輪郭を持ち始めていた。

DEJIMAGRAPH
https://dejimagraph.com/
岩㟢紙器
https://total-package.jp/
Session 03|AI時代における、地方制作会社の生存戦略/下村 晋一(5ive) × 智原 北斗(stans)
AIは「やめたほうがいい」と言う。それでもやる、2社の生き残り方。

左から:加藤 琢磨さん(SHIFTBRAIN)、智原 北斗さん(stans)、下村 晋一さん(5ive)
福岡の5ive・下村さんと、stans・智原さんによるトークセッション。テーマは「AI時代における、地方制作会社の生存戦略」だった。
紙でも箱でもない。AIの話だ。避けては通れないこの話がいよいよ来た。
ただ、この2社の話を聞いていると、「戦略」という言葉が少し遠く感じられる。生成AIをどう活用するか、どのツールを使うか、というノウハウの話ではない。AIによって何が削られ、それでも何が残るのか。もっと体温の高い言葉で言えば、「生き残り方」の話だった。
話は、AIによる業務の変化から始まった。まず、エンジニアの働き方は劇的に変わった。stansでは「毎日AIのことしか話さない」ほどだという。一方で、デザイナーはまだ「素材を作るときに使う」程度で、会社としてのルール整備は途上にある。現状は実験段階。2社とも、その認識では一致していた。
この温度差が、妙にリアルだった。役割や職種などによって、見えている景色がまったく異なる。すごい勢いで地面が動いている人もいれば、まだ道具箱に新しい道具がひとつ増えたくらいの感覚の人もいるということなのだろう。
では、AIによって何の価値が上がり、何が下がったのか。
下村さんが挙げたのは、好奇心、熱量、そして謝罪だった。
……謝罪ッッ!?
そこで謝罪が出てくるのか、と思った。でも聞いてみると、かなり腑に落ちる。
AIに謝られても、人は簡単には納得できない。誰が謝っているのかが重要であり、それは人間にしかできない。責任を引き受ける存在として、人間の価値が上がっているという視点だ。
逆に、価値が下がったものとして、制作力、効率、ノウハウを挙げた。「作ること自体の価値が下がった」という認識は率直で、とても正直だった。
制作に関わる人間としては、だいぶ怖い言葉だろう。効率も、ノウハウも、制作力も、AIは容赦なく平らにしていく。それでも、だからこそ、人の側に何を残すのかが問われている。そういうことなのだ。
智原さんは、別の角度から「不安要素がある状態で決断できる人の価値が上がっている」と語った。AIはリスクを計算し、確率的に正解らしきものを示す。しかし、不確実性が高い中で判断することは、人間にしかできない。
不安が残る状態で、誰かが決める。「やるぞ」と言う。失敗したら、しっかりと責任を引き受ける。そこに、人間の仕事が残る。
stansが飲食店を展開しているのも、その文脈にある。

2社の生存戦略は、一見まったく違う。
下村さんは、「継承」に投資する。制作力よりも関係性にシフトし、クライアントとの長期的な関係を最大の価値にする。7年前にリニューアルを担当した顧客から、再リニューアルを依頼された事例も紹介された。
若手へ案件を渡していく世代交代を、戦略的に進めている。「続けることに価値がある」「継承することは人にしかできない」。派手ではないが、静かで、確信に満ちた言葉だった。
これは守りの話に見えて、かなり攻めている。続けることを設計する。関係性を次の世代に渡す。AIがあらゆるものを短縮していく時代に、あえて時間を味方につける戦い方だ。
一方、智原さんは「クリエイターの可能性にフルベット」する。受託制作を続けながら、自社で飲食店、店舗、空間事業を展開していく。
「やりたい人がいたから乗っただけ」と語る。
その言い方は軽い。でも、軽く言えるまでに、たぶん、いや間違いなく、多くのことを考えている。
ChatGPTに聞けば「やめたほうがいい」と言われる。それでもやる。その言葉の背後には、受託制作の需要が変化したときのリスクヘッジという冷静な読みがあった。
AIは、安全そうな答えを返す。やめたほうがいい理由を、いくらでも整えてくれる。でも、人の欲、場の熱、今やらないと消えてしまう衝動は、大量のデータベースから弾き出される確率だけでは測れない。
誰かの強い欲求に応え、全員で走ることが熱量と推進力を生む。その確信が、この会社を動かしていた。
一見対照的な2社だが、根っこにあるものは同じだ。人に投資する。熱量に投資する。確かな歴史を作り、不確実な未来を切り拓く。
AI時代だから人間が大事、という言い方は簡単だ。でもこの2社が語っていた「人間」は、きれいな概念ではなかった。
謝る。決める。継ぐ。賭ける。会う。巻き込む。めんどくさいことを覚悟し、責任を引き受ける存在としての人間だった。
AI時代の非論理、非合理にこそ価値を見いだす。それが、この2社の答えだった。
この夜のBEYOND PIXELSは、ここで少し別の角度を持った。画面の外に出るだけではない。正解っぽいものの外に出ること。安全そうな答えの外へ、責任を持って踏み出すこと。
それもまた、ピクセルを超えることに繋がっていく。
Session 04|九州のあらゆるロゴを作り続ける/梶原 道生(カジワラブランディング)
九州は関係性経済だ、と梶原さんは言った。

左から:佐藤 かつあきさん、梶原 道生さん(カジワラブランディング)
福岡のカジワラブランディング・梶原さんのセッション。
最初は、ロゴの話だと思っていた。もちろんロゴの話ではある。ただ、聞き終えるころには、これは「形を作る話」ではなく、「選ばれる理由をどう設計するか」という話なのだとわかってきた。
世界水泳福岡大会、テレQ、ポークたまごおにぎり本店、福岡市動物園。規模も業種も異なる、膨大な数のロゴを手がけてきた人だ。
梶原さんは、自分を「ロゴを作る人」とは定義していない。
「必要な人に、一番に選んでもらえる理由を設計する人」
この一言が、セッション全体を貫いていた。
もうこの時点で、単なるロゴ制作の話ではなくなっている。マークを作るのではなく、選ばれる理由を設計する。見た目の話のようで、実はかなり経営に近い話だ。
梶原さんのロゴ哲学を公式として整理すると、こうなる。
ロゴ=価値 × 圧縮 × 共鳴
急に出てきた核心めいた公式。だが、これがかなりわかりやすい。
価値とは、その会社の強み、らしさ、選ばれる理由を明確にすること。圧縮とは、情報量の多い会社の魅力を、一目で伝わる形に絞ること。そして共鳴とは、「いいな」「信頼できそう」「この会社らしい」という反応を起こすことだ。
内側にある価値を、外側に届ける。会社の中にいる人は、自分たちのことをよく知っている。しかし、外から見る人には、それが伝わっていない。このズレを埋めることが、ブランドとロゴの仕事だと梶原さんは語った。
これはかなり耳が痛い話でもある。どれだけいい仕事をしていても、伝わらなければ選ばれない。逆に、価値が整理されて伝われば、必要な人の頭の中に候補として残り続ける。
すごいものを作ることと、すごさが伝わることは別の話なのだ。
事例の中で特に印象的だったのが、福岡トヨタの話だ。ディーラーはどこで買っても同じと思われてしまう、という課題があった。75周年のタイミングで「FT」というサブブランドを作り、2年かけて浸透させながら段階的に展開していったという。
ロゴが「この会社を選ぶ理由」として機能した結果、認知と実績の向上につながった。
北洋建設の話も面白かった。「北を目指す」という社名の由来を掘り起こし、羅針盤と矢印をモチーフにしたロゴを作った。社長が社員に説明したとき、すんなり受け入れられたという。
ロゴが、ただ外に向けた見た目ではなくなっている。「なぜこの会社にいるのか」を共有する言語になっている。外に伝えるためのものが、内側の人たちの背骨にもなる。
いいロゴって、そういうことなのかもしれない。
そして、セッションの締めで出た言葉が、この夜の中でもかなり強く残っている。
「九州は関係性経済だ」

梶原さんの整理では、東京は、価格、品質、条件で比較される取引経済の側面が強い。一方で九州は、誰が作っているのか、どんな姿勢なのか、どのような距離感なのかで選ばれる関係性経済だ。
この言葉は、めちゃくちゃ刺さった。
九州に限らず、たぶん地方の仕事には少なからずこの感覚がある。何を作れるかだけではなく、誰と作るのか。条件だけではなく、姿勢や距離感。スペックではなく、関係性。
だからロゴも、単に「目立つだけ」では機能しない。自分たちと相手との関係性を示すものとして機能させる必要がある。
この言葉は、前のセッションで5iveとstansが語っていた「人や熱量への投資」を、別の角度から補完していた。
AIの時代に、何が人間に残るのか。地域の会社が、なぜ選ばれるのか。技術や実績だけでは届かないものを、どう伝えるのか。
その答えのひとつが、関係性だった。
そしてこの言葉は、この後のセッションへも静かにつながっていく。関係性経済とは、つまり、会いに行くことなのだ。話すこと。食べること。相手のことを知ろうとすること。
次のセッションで、その温度は一気に上がることになる。
カジワラブランディング
https://kajigra.com/
Session 05|Au Pan & coffee/杉村 武則(楕円形) × 福永 あずさ
クライアントに会いに行ったのは、いつですか。

この夜、会場をいちばんかき回し、笑わせ、最後にちゃんと刺していったのは、誰がどう見ても、熊本から来た男、否、漢(おとこ)、楕円形・杉村武則さんだった。
どこか行儀正しい雰囲気が漂っていた会場に、杉村さんの大きな声が響き渡る。そこからはもう、怒涛だった。身ぶり手ぶりは大きい。声も大きい。話の持っていき方があまりにも強い。最初は圧倒されていた会場も「あ、これ、笑っていいやつだ……!!」と気づくと、徐々に笑みがこぼれ、笑い声のボリュームがだんだんとあがっていく。そして気づけば、みんな前のめりになっている。
これが熊本の熱量なのか。いや、たぶん、間違いなく、これは杉村さんの熱量だ。
隣に座っていたコピーライター・福永あずささんは、少し照れたように杉村さんとは逆の方向を向いていた。映し出されていたスクリーンを見る、それ以外の意味も含まれていたように思うが、その感じもなんだかよかったのだ。いくつものプロジェクトを共にし、深く理解し合っているからこそ成り立つ距離感が、ちょっとした振る舞いににじんでいるような気がした。
杉村さんが手がけた「Au Pan & coffee」は、黒川温泉の食の拠点「Au Kurokawa」内に2024年9月にオープンしたパン屋だ。ただし、単純な「パン屋のブランディング」ではない。むしろ、観光地が抱える構造的な課題への挑戦だった。
料理人や仲居さんの高齢化、「一泊二食付き」という固定フォーマットの限界。なぜこの店が必要なのかという問いから入り込み、「泊まる」と「食べる」を分離することで、地域そのものに関心を持ってもらう装置を作った。
「Au」には、出会う、巡り合う、自分に合うという3つの意味が込められている。宿泊と食のフォーマットを開き、関係性をデザインしている。
その豪快なプレゼンスタイルと言葉に笑いながら聞いていたけれど、やっていることと話している内容はかなり本質的だった。
ロゴ提案の1週間前。杉村さんはコピーライターの福永さんとカメラマンに勢いで同行してもらい、徳島・神山まで足を運んだ。プロジェクトの代表であり、セッションでは「漢(おとこ)・眞鍋」と呼ばれていた眞鍋太一さんに、納得してもらうためだ。

提案の1週間前に、現地へ乗り込む。どういうことだ。いい意味で、一体、どういうことなんだ(笑)
でも、話を聞いているとわかる。デスクで考えたデザインを持っていくだけでは何かが足りない。クライアントが何を大切にしているのか、眞鍋さんがどういう言葉で語るのか。どんな人たちが、どんな食文化の中で仕事をしているのか。そこに直に触れることのないまま、ロゴだけを作ることはできない。
だから、会いに行く。
神山では農家さんに会い、食文化の歴史を聞き、地元のプロジェクトで作られたパンを食べた。夜は地元の名店で接待されると思っていたら、実際にはテストキッチンで一緒に餃子の皮をつつむことになった。
餃子の皮を、つつむ。
この展開がすごい。ロゴの話をしに行ったはずなのに、気づけば一緒に餃子を包んでいる。けれど、それが現地流の最高のおもてなしだったという。
共に料理をし、食卓を囲み、膝を突き合わせて語る。肩書きや受発注の関係が、少しずつほどけていく。たぶん、そういう時間を共にすることでしか、見えないものがある。
神山から帰って提案したロゴのコンセプトは「地域のパン屋」。阿蘇の四季を表す4色の紙袋、すべて手書きのメニュー。最終的に眞鍋さんは満面の笑みで頷き、「GO!」となった。
「一緒に食べると、境界線は溶けていくんだよね」
神山の夜。みんなで囲んだ食卓で、眞鍋さんが杉村さんと福永さんに言った言葉。この言葉が、ずっと残った。
境界線は、会議室で溶けるのではないのかもしれない。資料を送り合っているだけでも、たぶん溶けない。もちろんチャットもメールも便利だし、私も毎日めちゃくちゃお世話になっている。でも、一緒に食べること。一緒に手を動かすこと。同じ場所で、同じ空気を吸うこと。その時間が、境界線を少しずつ溶かしていく。
そして杉村さんは、大きな体をさらに大きく使いながら、会場に呼びかけた。
「皆さん、Slackでカタカタやってないですか」
「もっと人に会いましょう」
「もっともっと人と話をしましょう」

その瞬間、会場にはこの夜一番の笑いと熱が生まれた。笑っているのに、ちゃんと刺さっている。ふざけているようで、まったくふざけていない。むしろ、この夜のテーマをいちばんまっすぐ言い切っていた。
クライアントに会いに行ったのは、いつですか。
そう問われている気がした。
この夜、最も熱い言葉だったと思う。そして同時に、いちばん背中を押される言葉でもあった。

Session 06|ことばと編集のウェブサイト/竹田 京司(モンブラン) × 福永 あずさ
「変」を書き続けていたら、「愛」に見えてきた。

熊本のWeb制作会社・モンブランの竹田さんと、コピーライター・編集者の福永さんのセッション。
さっきまで会場を笑いで揺らしていた杉村さんのあとに、今度は言葉でじわじわやられる時間が始まった。
2人の仕事のプロセスは、とてもシンプルに見える。取材して、言葉を作り、言葉と表現をセットで提案すること。ただ、シンプルに見える仕事ほど、奥が深い。聞けば聞くほど、これは「いい感じのコピーを作る話」ではなく、目の前の人をどう見つめるか、どう好きになるかの話だった。
「ヒアリングではなくて、取材なんです」
福永さんはそう言い切った。
情報収集のためのヒアリングではなく、目の前の人を好きになることから始める。どういう経緯でここにいるのか。なぜこれをやっているのか。どんな人なのか。知りたいという衝動から、取材は始まる。
「発した言葉を取りこぼすわけにはいかない」
その思いで向き合っていく。竹田さんも同じだ。「好きになれる理由をめちゃくちゃ聞く」と語る。生い立ちから、プライベートな悩みまで。北海道の案件では2泊3日で現地に行き、食事をしながら社長の本音を引き出した。
好きになる、という言葉だけ聞くと少し感覚的に聞こえる。でも、2人の話を聞いていると、それは仕事におけるかなり大事な技術なのだと思った。
相手を好きになるために聞く。好きになれる理由を探す。発した言葉を取りこぼさないようにする。そうやって初めて、言葉がその人のものになる。
九州ADCアワード2025グランプリを受賞した「うおみこども園」のWebサイトは、その姿勢がそのまま表現につながった事例だ。
園長先生の要望は、「一般的な保育園サイトは作りたくない」という一言。外観が真っ黒で、設計を2年かけて自分でやるような、少し変わった人だった。
でも、その「変」の中身を掘っていくと、すべて「愛」だったと福永さんは気づいた。
さらに、「変」という文字を何度も書き続けているうち、「愛」に似ていることにも気づいたという。
どういう発見なんだ。すごいよ、福永さん。
「ちょっと変」は「愛おしさ」に変わる。その発見から、コピーが生まれた。
デザインはほぼ黒。キャラクターはすべてお化け。「子どもにしか見えないものがある」というのが裏テーマだった。外観が真っ黒だから、黒しかありえなかった。
言葉が先にあり、表現がついてくる。その順番が、モンブランと福永さんの仕事の流儀だ。
最後には、駆け足でモンブランの自社ブランディングサイトの話も紹介された。
4案の表現を提案してもらい、どれかを選ぶのではなく、すべて採用したという。「愛されることは、むつかしくないよ」を伝えるための4つのアプローチ。小学1年生にもわかる優しいブランディングの解説、自社キャラクター「モンブー」を使ったナビゲーション、クライアントとの関係性を「ブランディング酒場」として見せるコンテンツ、そして友人と一緒にサウナや旅行に行く写真を使った対談コンテンツ。
でも、そこにモンブランらしさがあるのだと思う。きれいにひとつへまとめるのではなく、関係性の豊かさそのものをサイトに詰め込んでいる。仕事の説明だけでなく、誰とどう関わってきたのかまで見せている。そうだ、愛ってむつかしくない。むつかしくないんだけど、たくさんの形があるんだ。
言葉だけでなく、関係性そのものをサイトにする。
それが、モンブランと福永さんの仕事なのだと思った。
ちなみにiDIDでは、モンブランが手がけた「音更電設コーポレートサイト」について、竹田さんと福永さんに聞いた記事も公開されている。タイトルの通り、今回語られていた「相手の言葉を取りこぼさない」「人をちゃんと見る」という姿勢が、別の仕事でどう形になっているのかがよくわかる。
関連記事:「37人をちゃんと大切にしていること」が大事だと思った | モンブラン [音更電設コーポレートサイト]

私も普段、キャリア支援という仕事において「話を聴く」ことを大切にしている。だから「ヒアリングではなく取材」という言葉は、正直めちゃくちゃ刺さった。
要件を聞きにいくのではなく、その人自身を知りにいく。何が好きで、何に悩んでいて、どうして今ここにいるのかを知りに行く。そうすることでおのずと未来が立ち上がってくるように思えるのだ。
ただ、それは、言うほど簡単ではない。こちらが聞きたいことを聞くだけなら、ヒアリングで終わる。相手の言葉を待ち、背景を想像し、その人を好きになれる理由を探し続けるから、取材になる。
そう考えると、ウェブ制作も、キャリア支援も、そして他の仕事も、根っこは同じなのかもしれない。
相手のためになることを、とことん考え続けること。相手の言葉を取りこぼさないこと。相手以上に、相手の可能性を信じようとすること。
きれいごとっぽいけれど、たぶんそこからしか始まらないんだと思う。


モンブラン
https://mont.jp/
おわりに
BEYOND PIXELSとは、そういうことだったのかもしれない。
6つのセッションを通じて、登壇者のみなさんが語っていたことは、決して目の前にあるパソコンやツールに閉じた話ではなかった。
印刷のインクを練り上げる話。ダンボールで原寸を作り、現場で確認する話。続けるために、若手に継承していくことを選んだ会社の話。AIに「やめたほうがいい」と言われても、飲食店を開く話。クライアントのことをクライアント以上に考え続ける話。ロゴに、会社が選ばれる理由を設計する話。徳島まで行って餃子をつつむ話。2泊3日で社長の本音を引き出す話。「変」を書き続けていたら「愛」に見えてきた話。
並べてみると、やっぱりすごい。というか、ちょっとおかしい。どれも、画面の中には収まらず、外に出て、人が会い、会話することで生まれているものだ。
BEYOND PIXELSというテーマは、「デジタルを超えろ」という意味だけではなかった。画面の外に出て、人と会い、関係を結び直すこと。その行為まで含んでいたのだと思う。
会いに行くこと。一緒に食べること。手で触れること。色を練ること。言葉を取りこぼさないこと。継ぐこと。謝ること。決めること。賭けること。
そうした行為の積み重ねが、この夜語られたすべての言葉の根っこにあった。
梶原さんが言っていた「九州は関係性経済だ」という言葉が、ずっと残っている。
この夜の会場そのものが、その言葉を体現していたようだった。学生も、ベテランも。グラフィックも、ウェブも。印刷も、パッケージも。さまざまな垣根が溶け合い、おいしいお酒を飲みながら、そこにはすでに関係性が生まれていた。
名刺交換より先に、笑い声があった。肩書きより先に、人がいた。
眞鍋さんが送ってきた、あの一行を思い出す。
「一緒に食べると、境界線は溶けていくんだよね」
本当に、そういう夜だったと思う。
ここまで長々と書いておいてなんだけど、まだ全然書ききれていない気がしている。6つのセッションの話も、会場で交わされていた無数の会話も、ライブイベントやワークショップも、写真を撮りながら見えた表情も、たぶん、まだまだたくさん残っている。
でも、全部を書ききれないからこそ、また会いに行く理由が生まれるのかもしれない。
会いに行くと、少しだけ境界線が溶ける。話すと、もう少し溶ける。一緒に食べると、たぶんもっと溶ける。
来年もまた、どこかの会場で。
またカメラをもって、みんなに会いたいな。
それでは、また👋
・・
当日の様子をちょっとだけおすそ分け📷️















