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加藤琢磨さん/株式会社シフトブレイン代表取締役社長
1977年生まれ、長野県出身。フリーランスでのウェブデザイナー・ディレクター活動を経て、2003年に株式会社シフトブレインを創業。コーポレートブランディングを中心に、コミュニケーションプランニング、デジタルデザインなどを手がける。世界的なWEBアワード「Awwwards」など、国内外で受賞多数。2017年にオランダ支店、2022年に広島県内にサテライトオフィスを開設。福岡市在住。
https://shiftbrain.com/
松本龍彦さん/ワヴデザイン株式会社代表
1976年生まれ、舞浜出身。ショップスタッフ、デザインプロダクション、アパレルのグラフィックデザイナーを経て2003年に独立。2006年ワヴデザイン株式会社を設立。衣食住の分野に豊富な知識と実績をもつ。ストラテジー、デジタル・アナログを問わないクリエイティブ、ビジネスとのバランスの取れたプランニングを得意とする。グッドデザイン賞はじめ受賞多数。news zero、朝日新聞など出演多数。
https://wab.cc/
土台はフルリモート。でも人間関係はデジタルでは育ちにくい
まずは、シフトブレインとワヴデザインが「働き方」についてどう考えているのか、これまでの方針や施策も踏まえて伺いたいです。
松本:働き方は、そのままクリエイティブに影響すると感じています。ある日突然デザインができるようにはならないし、プロセスやアウトプットは表に出ている一部分にすぎない。その裏側にある働き方や環境に向き合っていかないと、継続的にいいものはつくれないと思っているんです。だから、よりよいクリエイティブを生み出すためにクリエイターの働き方に向き合っている。それがワヴデザインとシフトブレインの共通事項のひとつですよね。
加藤:はい。といいながら、うちは10年くらい前まではブラック企業だったんですけどね(笑)。flash全盛期、大手広告代理店さんからの大型キャンペーンに全エネルギーを注いでいるころは、それが当たり前でした。モノづくりに没頭するあまり、あるだけの時間を仕事に費やしていたし、「プロは環境なんかに依存しないものだ」くらいまで思っていました。
でも、海外のクリエイティブエージェンシーを見ていると、効率性やワークライフバランスを重視していながら、とてもいいものをつくっている。そんな姿からおおいに刺激を受け、自分たちも変わっていかなくちゃいけないと思ってからは、さまざまな取り組みを試行錯誤してきました。スタッフが自分の人生に向き合うための「16連休+5万円の軍資金」もだし、ここ数年は行動指針として「WORKS GOOD!」という“いい働き方”と“機能するものづくり”の2軸を掲げています。

松本:ワヴデザインも施策はいろいろと試してきましたね。「11ヶ月間働いて1ヶ月休む」制度もそのうちのひとつ。これ自体は4年ほどでいったん休止になりましたが、志を継いで休み方や働く場所を考えてみる仕組みはいまもさまざまあります。

コロナ禍以降は、両社ともにフルリモート勤務の体制をとっていますね。出社回帰の流れも高まりつつあるなか、2025年秋現在もフルリモートを続けているのはどうしてですか?
松本:フルリモートのほうが時間を有効活用できて、単純にメリットが大きいんです。そもそも会社の給料とはスタッフが一日8時間働いてくれる対価であって、通勤時間にお金は支払っていないわけです。できるなら、通勤で拘束時間が長くなる分の待遇も考えなきゃいけない。フルリモートだったらそのあたりの考え方もすっきりするし、働く8時間以外の16時間を、まるまる自分のために使ってもらえます。そうすれば別のコミュニティに所属したり、都心を離れたりする余裕もできて、ワークライフバランスやパラレルキャリアも実現しやすくなるんじゃないかなと。雇用の面でも、さまざまな土地からいい人材に働いてもらうことができます。
加藤:弊社のスタッフアンケートでも、メンバーの8割以上はフルリモート継続にとても肯定的でした。とくに「家族と過ごす時間が増えてうれしい」という声が多くありました。ただ、2割のメンバーにはフィットしていないのも事実としてあります。すべての仕事はオンラインで回っていくから業務上は問題がないんですが、信頼関係だけはデジタルではどうやっても育めない。その、どこか殺伐とした雰囲気が気になるのかもしれません。
なので、フルリモート以降、3ヶ月に一度メンバー同士で日帰り社員旅行へ行き、一緒にリアルな体験をしてもらうという企画をやっています。ランダムでグループを組み、決められた予算の中で工夫しながら、自由に過ごしてもらう。唯一の条件は「みんなの思い出になるイベントにすること」だけです。毎日会社で働く必要はないけれど、いっしょに充実した時間を過ごすことで人間関係が育っていくのも確かですから。

松本:僕たちも3〜4ヶ月に一度は、全メンバーが集まるリアルな対面イベントをやっていますね。結局「リモートがいいか対面がいいか」の議論って「どちらに適性があってパフォーマンスできるか」が大事だと感じています。リモートのほうが便利だけど「対面ではない」という事実は絶対に残る。ただ、対面ではないことで何に困るかはその会社次第だから、デメリットは一概には言えません。自分たちに合った働き方を模索していくしかないんです。

クリエイターの心技体をケアできる「新しい場」
リモートで業務が完結する会社やクリエイターにとって、いま改めて「オフィス」はどんな場であるべきだと思いますか?
加藤:“ただの仕事場”では、もはやオフィスの意味がないと思うようになりました。弊社のクリエイターには「自宅がベストな環境になっているから、出社するとパフォーマンスが下がる」という人がいるほどです。だったら、出社してもらう意味がないんですよね。
そこで改めて出社の意義を考えてみると、やはり同じ組織に所属する仲間と信頼関係を築くことや、社会との接点をつくることかもしれないと思うようになりました。リモートで仕事をしていると、自分がどんどんクローズドになっていく。でもリアルなイベントを開催したら、やっぱりみんな「いいインプットができた」「いい刺激がもらえた」と言ってくれるんです。少しでも外との接点を持つことが、クリエイターには必要なんだと思います。
松本:クリエイターとしての価値って、マインドセットや考え方などの「心」とスキルである「技」、すこやかな「体」の心技体がそろって初めて上がるものだと思うんです。そして、この心技体はそれぞれが密接に関わっていて、誰かと刺激を与えあうことで伸びていく。オフィスの環境を整えることは、心技体のケアができる場をつくっていくことだと思います。
そこで、より質の高いものづくりにつながるオフィスを考えたとき、リモートワークをしつつ気が向いたときに適切な交流ができる場がいいんじゃないかと思いました。でも、それを一社だけのオフィスで実現しようとすると、なかなか難しい。だったら「ときどきオフィスを使いたい人たちが集まれば面白いんじゃない?」という話を、加藤さんとするようになったんです。
加藤:価値観や業種の近い10社くらいが集まったオフィスなら、気が向いたときに行ってもきっと誰かしらがいて、ほどよくつながりながら雑談や作業ができる。しかも、学びのあるイベントがいつも何かしら行われていたりするともっといいよね、と盛り上がりました。
組織やクリエイターの働き方が刻々と変化するなかで、弊社もワヴデザインもどうにか「働き方を最適化したい」「新しい働き方を加速させたい」という想いを持ってやってきました。リモートワークのメリットもデメリットも充分に体感したし、そろそろ「クリエイターがもっといいものをつくれる場所」を新たに生み出したいと考えるようになってきた。それで『iDID Share Office Project』の構想に至ったんです。クリエイターの価値を上げるために活動しているiDIDを母体にすることで、きっと面白い場がつくれると思いました。
作業も講義も交流も宿泊も。有機的なものづくりを生む
iDIDが立ち上げようとしている『iDID Share Office Project』について、具体的なアイディアを聞かせてください。
加藤:同じデジタルクリエイティブの業界でリモートワークを主体としている会社を集めた、新しいかたちのシェアオフィスです。各社が専用で使えるクローズドなスペースと共用の会議室、入居者同士が気軽に交流できるオープンスペースなどを設けます。
最大の特長は、コミュニティマネージャーを設置して、定期的なイベントや交流会を開催すること。内容はさまざまですが、同業・同職種ごとの勉強会や各社の社長を集めた質問会、自分たちの持てるスキルを共有したり、相談し合ったりするイベントは、すぐにもイメージができますね。
松本:iDIDはこれまで多くのイベントを主催してきたし、スクール事業も手がけていて、交流も講義もやれますからね。そこで知り合った人たち同士で案件を紹介し合うような、ひとつの経済圏がつくれたら最高だなと思っています。

加藤:渋谷にあったクリエイター向けシェアオフィスの「HOLSTER」などは、イメージに近いです。Whatever(当時はdot by dot)とBAKERU(当時は東京ピストル)が既存スペースをリブランディングしていて、ギャラリーを併設し、新たなものづくりを誘発していました。

さまざまな会社のメンバーが『iDID Share Office Project』という場で、雑談やクリエイティブの話、仕組みやスキル、ともに過ごす経験などを共有しあうイメージですね。そうすると案件を渡しあったり、一緒に新しい企画を立ち上げたりと、確かによい相乗効果や副産物がたくさんありそうです。
松本:社内外の垣根を越えたコミュニケーションや協働プロジェクトがたくさん生まれたら、いちクリエイターとしてもよりいいものをつくるきっかけになりそうです。そうなると、もしかしたら僕らは、会社という枠組み自体の意義を考え直す時期にきているのかもしれませんね。
加藤:組織の一員として働くことももちろん大事ですが、やりたい人たちが自由に集まって有機的なプロジェクトを立ち上げていくことも、ある程度やりやすい環境が整ってきています。『iDID Share Office Project』プロジェクトでも、そういうコラボレーションはどんどん推し進めたいと考えています。
松本:そうした仕組みを整備することで、質の高いものづくりもクリエイターの価値向上も、きっと加速するはず。僕らの周りでもそうしたケースをよく見かけるようになりました。iDIDの交流会で知り合った方から案件のご相談をいただいたり、僕らからご依頼したいと思うローカルの会社をいくつか見つけたり。
加藤:住んでいる土地にかかわらず、クリエイターが公平に活躍できる機会を与えることにも、『iDID Share Office Project』が一役買えるといいなと思いますね。地方拠点のクリエイターが東京を訪れるとき、気軽に使える作業場がほしいという声をよく聞きますし、いい刺激や出会いを得ていってもらえたらいいなぁと思っています。
だから、本当は『iDID Share Office Project』に宿泊施設を併設したいんですよね。フルリモート企業が、地方からもメンバーを集めて社員総会などをやるとき、ホテルの費用が結構かかってしまう……というのはあるある話だと思います。そこをカバーしたいと思っているんですが、ホテルを運営するには施設規模や法律面での課題が多いため、段階的に進めていこうと考えているところです。
松本:第一段階はまず「同じ志を持つ仲間たちのシェアオフィス」をつくる。第二段階でそこに「宿泊施設」をくわえ、第三段階では海外からのデジタルノマド民とも交流できるような場に整えていきたいです。そうした構想を実現するためにも、運営事業者さんを募集しています。
シェアオフィス運営への興味と、志への共感を持った事業者を求む
iDIDとタッグを組み、いっしょに『iDID Share Office Project』をつくっていくパートナーですね。すでにプロジェクトチームが始動しているなかで、いまはどのような事業者さんを求めているのでしょうか。
松本:私たちのこのプロジェクトに共感してくださり、かつ「働き方」に対してアクションをしている会社さんに出会えたらと思っています。業種でいえば不動産はもちろん、インテリアやワーク用品、ライフスタイルブランド、ITなど、コワーキングやシェアオフィスと親和性の高いジャンルはさまざまありますね。あくまで例えばですが、オカムラさんやパナソニックさんやYahoo!さんなど。もちろん他の会社さんも是非ですし、コワーキング運営をされている会社さんにも興味を持ってもらえたらうれしいです。

加藤:僕らは集客やブランディング、PR、イベント企画、デザインなどができるので、運営会社さんには不動産会社との連携、スペースの運営をお願いしたいと考えています。iDIDと組むメリットは、コンセプトやターゲットが明確に整った状態でシェアオフィス事業がはじめられることと、すでに一定の顧客が待っていること。気の合いそうな企業にはすでにいくつかお声がけをしていて、10社以上から前向きな回答を受け取っています。最終的には東京で10社、地方拠点から10社ほどの入居を考えているところです。
松本:シフトブレインもワヴデザインもデザイン業界が長くてネットワークが広いため、そうしたクリエイターたちとのつながりができるのは運営事業者さんにもメリットかなと思います。年末にiDIDで開催した「師走忘年会」では、トークセッションに名だたる制作会社さんをお呼びして、400名超のクリエイターが集まりました。いっしょにものづくりをするのはもちろん、『iDID Share Office Project』という場を事業会社のマーケティングやPRにも活用していただけるんじゃないでしょうか。運営事業者さんとも尊重し合いながら、いいシナジーを生んでいきたいと考えています。

加藤:既存スペースのリブランディングや、追加コンテンツとしてiDIDを導入してほしいというご相談も大歓迎です。よいものづくりを追求した場の創出、きっと面白いですよ。想いに共感し、いっしょに挑戦してくださる運営事業者さんからのご連絡を、心よりお待ちしています。
まとめ
リモートワークが定着し、働く場所の意味が問われているいま。必要なのは「ただのシェアオフィス」ではなく、クリエイターの心技体を整え、よりよいものづくりを追求する「新しい場」です。
『iDID Share Office Project』は、これからの働き方やコラボレーションの在り方を再定義する挑戦。コンセプトに共感し、ともに新しい価値を生み出してくださる運営事業者や協業パートナー、入居企業を求めています。
一緒に、これからのクリエイティブの拠点をつくりませんか?