目次
SESSION 1|タイ・リーグとJリーグのリブランディング
タイリーグを、10年かけて立て直す
まず話し始めたのは、タイのデザインコンサルタンシーFarmgroupのサムパタ・ジェディーさん(以下JDさん)です。ドラえもんのタイムマシンに乗って10年前に戻りましょう、という切り出しで、話は2016年から始まりました。Farmgroupがタイサッカー協会(FA Thailand)と組むことになった年です。

JDさんがまず挙げたのは、アイデンティティが定着していないという課題でした。数年ごとにモチーフが入れ替わっているのは、その年のスポンサーに合わせてロゴが設計されていたからだとJDさんは説明します。
そこでFarmgroupとFA Thailandが最初に交わした合意は、スポンサーが変わっても「Thai League」という名前を使い続けることでした。デザインに手をつける前に、まず名前を固定するところから始めたといいます。

象と、九つの宝石
Farmgroupが次に取りかかったのは、タイらしさとは何かを問い直す作業です。候補はラーチャプルック(ゴールデンシャワー)、タイの象、サーラータイ(タイの東屋)の3つでした。
JDさん:「みなさんも予想がつくと思いますが、スポーツにいちばん合いそうなのは象ですよね。」
象はシャムの時代から国旗に描かれ、戦象として戦場に出た存在です。「チャーンスック(戦象)」は、いまもタイ代表の愛称として使われています。
Farmgroupは戦象のプロポーションや姿勢を研究し、頭文字の「T」と組み合わせるスケッチを重ねました。途中で気づいたのは、牙が抜けていたことだったといいます。足してみると、象としての説得力が増しただけでなく、「T」としての読みも強くなりました。

色は、タイの人々にとって特別な意味を持つ宝石「ナヴァラトナ(九宝石)」から取ったといいます。スポーツの場に合うよう鮮やかにしたうえで、JDさんはもうひとつの狙いを明かしました。宝石には硬さの序列があるので、ダイヤモンドからムーンストーンまで硬い順に並ぶモース硬度のスケールを、そのままディビジョン分けに使えるのではないかと考えていたそうです。

使う人に、渡していく
展開先は多岐にわたりました。各チームが使えるカスタム書体、審判のシャツ、ボール、マーチャンダイズ、屋外広告。なかでもJDさんが「チームにとってのラーニングカーブだった」と振り返ったのが、生中継の放送グラフィックです。項目が膨大なうえに、中継現場のOBチームがそのまま運用できるよう、すべてを明確にスペック化する必要がありました。
2021年、Farmgroupは再びFA Thailandと組み、ビジュアルをリフレッシュします。「エネルギーが爆発する」というアイデアにたどり着いたものの、初期案は要素が多すぎて各チームには使いづらいものでした。爆発のイメージは残したまま、削ぎ落としてシンプルにする方向へ着地させたそうです。

JDさん:「タイリーグの顔をつくり、もう一度リフレッシュする機会をいただけたことは、本当に幸運でした」
そう言って、JDさんはセッションを締めくくりました。つくって終わりではない仕事の連続です。10年という時間が意味していたのは、つくることよりも、使われ続ける状態をつくることの難しさなのかもしれません。
情熱のスポーツで、なぜ白と黒を選んだのか
続いて話し始めたのは、Takram NYの福田基輔さんです。福田さんはJDさんのプレゼンを受けて、こう切り出しました。
福田さん:「すごく近いお話があったなと思っています。サッカーリーグのブランディングって、ナショナルブランディングみたいなもので、その国の価値や価値観をどう表現するのかということに取り組んでいる。すごく共感する部分が多かったです。」

Jリーグは1993年、10クラブで始まりました。現在は60クラブで、30年で6倍に増えています。そして2026年8月、ヨーロッパのスケジュールに合わせる大きな構造改革を迎えています。アジア一、世界一を目指すそのタイミングに合わせ、Takramは数年にかけてリブランディングに取り組んできたといいます。
新しいブランドのデザインコンセプトは「Common Ground」です。リーグは器であり、クラブや選手の個性を輝かせる土台になる、という考え方でした。
わかりやすく変わったのがロゴです。これまで3つのディビジョンは赤・緑・青で色分けされ、その色がリーグの顔になっていました。それが今シーズンから、白と黒のモノクロになります。

福田さん:「サッカーはパッション、熱狂のコンテンツです。どのリーグもどのクラブも、色で情熱を表現している。ではなぜJリーグは白と黒にしたのか。」
美は、物と物の関係性のなかにある
デザインに入る前、Takramが行ったのはワークショップでした。Jリーグのスタッフ100人以上が参加し、何時間も議論を重ねて、5つのJリーグらしさを言葉にしていったそうです。そのひとつが「日本独自の価値で戦う」でした。
日本のサッカーリーグは、タイと同じようにヨーロッパのトレンドやシステムを追いかけながら強くなってきました。けれどその延長線上に、フォロワーのままで世界一になれるとは思っていない、と福田さんは言います。
福田さん:「自分たちの価値、自分たちの強みをもう一度見つめ直す。それはピッチ上もそうですし、デザインとしてもそうだと思っています」
そこで福田さんたちがたどり着いたのが、日本の陰影の美意識でした。福田さんは、谷崎潤一郎『陰翳礼讃』の一節を挙げました。
美は物体にあるのではなく、物体と物体との作り出す陰翳のあや、明暗にある。

ものに強く光を当てるのではなく、光と影のあいだに美を見出す。美しさは単体ではなく、物と物の関係性のなかにあるという考え方です。
福田さん:「Jリーグもそうです。リーグとクラブの関係性、クラブとファンの関係性、選手同士の関係性。その関係性こそがJリーグの価値であるということが、ワークショップのなかで見えてきました。」
リーグが影に回れば、60の色が光になる。白と黒という選択は、ここから導かれたものでした。
ただし、Takramがひとつだけ残したものがあります。シンボルマークのなかの赤です。Jリーグが発足時から大事にしてきた色であり、日本の国旗の色でもあるからでした。それ以外はすべてモノクロにするという、思い切った判断です。何を削って何を残すかも、「日本独自の価値で戦う」という言葉から決まっていったのだと思います。
デザインの手前に、意思がある
セッションの終盤、福田さんはこのカンファレンスのテーマ「Good Design is Good Business」に触れ、その手前にもう一段あるのではないかと話しました。
福田さん:「このJリーグのブランディングを通して気づいたのは、デザインの手前にウィルがある、意思があるということです。60クラブの個性を輝かせる存在になろう。そういった意思があったからこそ、デザインのアプローチが生まれ、ビジネスが伸びていく。」

日本人が持っている美意識や価値で世界一を目指したい。それはタイのリーグも同じで、タイの強みや価値観に向き合い、それをどう表現していくかが問われるのではないか。福田さんはそう語って、セッションを締めくくりました。

SESSION 2|万博のデザインシステム
閉幕後も熱狂は終わらない
次に登壇したのは、クリエイティブディレクターの引地耕太さんです。

引地さん:「先ほどJリーグの話とか、タイのサッカーの話とか出ましたけれども、同じような国家プロジェクトということで、万博の話をしたいと思います。」
大阪・関西万博は2025年4月13日から10月13日まで開催されました。社会的な逆風のなかで準備が進められましたが、結果的には約2900万人が来場し、大きな成功を収めています。引地さんは、そのブランディング全体をつくるデザインシステムのクリエイティブディレクターを務めました。
話は、閉幕後のエピソードから始まります。今年1月頃、東京・京都・大阪の3都市でデザイン展が開かれ、大阪の会場では3時間待ちの行列ができ、「阿波座パビリオン」と呼ばれたほどだそうです。
引地さん:「だいたい万博が終わったら熱狂って終わるんですけど、それが今も続いているっていうのが結構特徴的かなと思います。」

「いのち輝く」の”いのち”とは、誰の命か
万博のテーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」でした。デザインという言葉が万博の大テーマに掲げられるのは、歴史上ほぼ初めてのことだったそうです。
引地さん:「社会に対してデザインというものが大テーマに掲げられるっていうのは、デザイナーとしては結構プレッシャーでもあるんですけれども、これをちゃんと成功させなきゃいけないっていうところは当時から思ってました。」
そこで引地さんが立てたのが、「いのち輝く」の”いのち”とは誰の命なのか、という問いでした。
引地さんがたどり着いたのは、人間・自然・システム(テクノロジーや社会システム)という3つの関係性です。経済は経済、文化は文化、環境は環境と、バラバラに考えられてきたものをひとつにつなぎ合わせること。それこそがデザインではないか、と引地さんは言います。
そして国家的なプロジェクトである以上、日本とは何かを考えることになったといいます。引地さんが引いたのは、八百万の神の考え方でした。山にも川にも石ころにも、葉っぱ一枚にも命が宿るという考え方です。
引地さん:「ドラえもんにも命がある。つまりロボットにもあって、今で言うとAIのようなものにも命があるんじゃないか。こういったAIもバイオテクノロジーも、新しい命たちも共に生きていく未来とはどういうことであろうか。」

引地さんが示したのは「Futures for All Lives」という言葉でした。ひとつの未来ではなく、複数形の未来です。
ルールブックではなく、プラットフォームを
万博のロゴマークは一般公募で選ばれたものでした。今回のデザインシステムは、そこからロゴを切り出すという、通常はタブーとされる手法を採っています。
デザインポリシーとして最初に置かれたのは、「参加と共創を促すプラットフォームとしての開かれたデザイン」でした。
引地さん:「ガイドラインを守らせるだけのデザインシステムというよりは、そこに人々が参加したくなるような、一緒に作っていきたくなるような場を作っていこう。ルールブックじゃなくてプラットフォームを作ろう。」
具体的には、目玉の部分だけは変えず、それ以外の色も形も柄も自由に変えていい、という設計です。引地さんはこの目玉を「細胞(セル)」と呼んでいました。一貫性と多様性を掛け算する仕組みです。
結果として起きたのが、インターネット上での二次創作の広がりでした。猫の形、擬人化、食べ物、おまんじゅう。ミャクミャクの子どものようだからと「コミャク」と呼ばれ始めます。


展覧会には、手作りのコミャクを持ってくる人が続出しました。しかも皆さん、それを「奉納」と言って持ってくるのだそうです。
引地さん:「ミャクミャクが単なるキャラクターじゃなくて、命を持つ存在として受け取られているっていうのが、この言葉として表れているなと思ったりしてました。」

国家と市民のあいだに、コモンズをつくる
引地さんは会場デザインも手がけています。「EXPO WORLDs」と名づけられ、「世界と世界が創る世界」をキャッチコピーに、100名を超えるアーティストとクリエイターが参加した巨大なプロジェクトでした。
会場に点在するミャク像、子どもたちを案内するコミャクサイン、アーティストがミャクをモチーフに描く「Co-MYAKU’25」。ビジュアルだけでなくサウンドスケープも制作され、会場全体をひとつの生態系に見立てて、祭り、森、街、空、水といった場所ごとに7名のアーティストが音を作りました。BPMだけを揃えて、あとは違う音が流れます。多様でありながら調和している設計です。
まとめとして引地さんが示したのは、従来型のデザインシステムとの対比でした。一貫性をガイドラインで統制し、中心からトップダウンで下ろしていくのが従来型です。今回はそれを保ちながら、多様性を生み、目玉というプロトコルさえあればつながる、非中心的でボトムアップな仕組みを掛け合わせたのだといいます。
最後に、引地さんは万博が何を残したのかについて、ひとつの仮説を示しました。
引地さん:「ナショナル、いわゆる国家と、この市民、シチズンの間に、みんなが参加できるコモンズを作った。このコモンズっていうものが生まれることによって、盛り上がりが一つ生まれたんじゃないか。」
トップダウンで一貫性をつくり、ボトムアップで多様性を立ち上げる。この構造はデザインに限らず、これからの社会づくりや教育、まちづくりにも応用できるのではないか、と引地さんは話していました。
締めのスライドに映されていたのは、こんな一文です。
「Think like a gardener, not an architect.(建築家ではなく、庭師のように考えよ)」

つくり込むのではなく、育つ条件を整える。二次創作が生まれ続けた理由も、そこにあったのかもしれません。

おわりに
3人のプレゼンはそれぞれ独立したものでしたが、話は自然とつながっていきました。福田さんはJDさんを受けて「すごく近いお話があった」と切り出し、引地さんは2人を受けて「同じような国家プロジェクト」として万博を並べています。
面白かったのは、日本人のおふたりが同じような言葉にたどり着いていたことです。福田さんはリーグを、主役を輝かせる「土壌」と呼びました。引地さんの締めのスライドには「庭師のように考えよ」とありました。どちらも、自分たちがつくるのは完成形ではなく、何かが育つための場所なのだという話をしていたように思います。
国をまたいでこうした話が聞けたのは、我々にとっても貴重な機会でした。
